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北碑の影響

意外な接点がありました。


北碑は南北朝が統一された後、長きにわたり忘れ去られていた。これは隋以降、漢民族の手元に王朝が戻るにあたり、彼らが南朝で発達させて来た王羲之の流れをくむ「南帖」の方を優先し、また北朝側も漢民族文化への憧れからこれを了承したためである。それでなくとも異民族の造った書蹟であり、中華思想の観点からすれば価値のないものであった。

北碑に光が当たったのは、実に1200年も後の清代である。考証学の発展により漢字研究の機運が高まる中、18世紀初頭頃から続々と北碑が出土し始め、そのレベルの高さと独特の書風に驚いた学者たちの注目が集まったのである。

なかんずく阮元が「北碑南帖論」を唱えて北碑を南帖よりも価値のあるものと考えてその研究に没頭し、包世臣がこれを絶賛してから、清の考証学での北碑の地位は確固たるものとなったと言ってよい。この傾向には清末の康有為がとどめをさし、現在では書法研究・書道史研究上、北碑は欠くべからざるものとして認識されている。

日本ではほとんど知られることはなかったが、明治13(1880)年に清国公使の随員として来日した考証学者・楊守敬が、本国で散逸した文献類を買い集める資金を調達するために北碑の拓本を持ち来たったことで伝来した。これを見る機会に恵まれた日下部鳴鶴・中林梧竹・巌谷一六は大きな衝撃を受け、以後の日本書道界に大きな影響を与える原動力となった。
引用:『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2007年10月30日 21:44に投稿されたエントリーのページです。

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