このように日常的になるには時間がかかったのですね
「国民の祝日」としての妥当性の是非
国民の祝日に関する法律第1条には「国民の祝日」全般の制定の動機・趣旨が「国民こぞつて祝い、感謝し、又は記念する日を定め」と規定されている。もし条文中の接続詞が「及び」であれば、反対派の人々にも全部の祝日を「祝う・感謝する」ことを強要するものとなり妥当性を欠くおそれがあるが、「又は」となっていることに着目するとこれはこれら三つの行動のうち一つ以上の国民的需要があれば祝日として制定可能、ということを示している。
「国民の祝日」という表現は個別の祝日すべてを含む「総称」であるが、本来は三つ設けて「国民の祝日」・「国民の感謝日」・「国民の記念日」、あるいは一つにするとしても法令での慣例に従い「国民の祝日等」としてもよかったものと考えられる。しかしながら、そもそも各祝日には次の第2条で個別の名称とその意義が規定されるため総称は一つのほうが国民にとっても簡素で良いと考えられたこと、また「等」付きでは美観を欠くことなどから、第1条での総称設定は筆頭の「国民の祝日」一つだけが代表として選ばれ、第1条の文末に「これを『国民の祝日』と名づける。」と念を押す表現で記載された。したがって総称である「国民の祝日」は「祝」の字が含まれてはいるが「祝わないが記念する」日も包含される間口の広いものであり、第2条における個別の定義文中に「祝う」の表現がない国民の祝日などは、祝意を示すことまでは法的に要請も強要もされていない。(たとえば建国記念の日は総称が前述のように三つあれば「国民の祝日」でなく「国民の記念日」に分類されたものと考えられる。)
第2条の個別規定を見ると、元日、成人の日、敬老の日のように祝意に反対する人がほとんどいないと考えられる「祝日」には定義文中に「祝う」の文言がある。対して建国記念の日、憲法記念日など異論を持つ人が一定程度見込まれる「祝日」については「記念する」という言葉が使用されている。今回追加されることとなった昭和の日については「祝う」だけでなく「感謝」も「記念」の文字も無い。「顧み、国の将来に思いをいたす」との表現で一つの方向への集中(讃美など)を避ける形が取られている。国会審議においても反対派議員による「昭和天皇への賛美・祝意の強制だ」との批判に対し提出議員は「記念する日である」との表現を多用していた。なお、近代の天皇誕生日で戦後も残ったのは明治・昭和両天皇の誕生日だけであり(文化の日=旧明治節)、大正天皇の誕生日は記念日・祝日として存在しない。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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